ハニー社長の学びと気づき
2026.07.08
カリスマの限界 ― 荒木村重に、右腕はいたか?

昨日、妻と久しぶりに映画を見に行った。
荒木村重を題材にした『黒牢城』だ。
正直に言えば、少し物足りなかった。
旧説に則った描き方だったからだ。
旧説では、村重は黒田官兵衛を地下牢に幽閉し、有岡城が危うくなると妻子を残して尼崎城へ逃げた愚将、として描かれることが多い。
だが私は、新説寄りの村重像のほうが、経営者として腑に落ちる。
新説
官兵衛は幽閉ではなく軟禁だった。
尼崎城へも、隠れるように逃げ出したのではなく、五百から六百の兵を連れ、次の一手のために動いた。
そう考えるほうが自然だ。
旧説はむしろ、それに気づけなかった織田方の情けなさを覆い隠すための物語なのではないか。
そう思うと、新説によるストーリーのほうが、はるかに面白い。
もっとも、時代背景がまるで違うから、そのまま現代に引くことはできない。
経営者目線の疑問
それでも私は、つい経営者の目で観てしまう。
もし現代の中小企業のCEOだったら、村重はどう判断しただろうか、と。
すると、いくつか引っかかる場面が出てくる。
一つ目。官兵衛を軟禁したとき、なぜ開城に向けて、その知恵を借りようとしなかったのか。
むろん、この時代は裏切りも寝返りも当たり前だ。
信用しきれなかったのは無理もない。
しかし後講釈で見れば、あれほどの知恵袋を牢に置いたまま使わなかったのは、いかにも勿体ない。
二つ目。尼崎城へ出たとき、有岡城に指揮官が不在になることを、もっと重く考えなかったのか。
次の指揮官は残っていただろう。
有岡城の鉄壁さもあった。
だが、自分がその場にいないことへの、わずかな甘さがあったように思えてならない。
こうして並べてみると、村重の限界が一つの形になって見えてくる。
心底信用できる右腕、知恵袋が、そばにいなかったのだ。
すべてを自分で考え、自分で決めてきた。
CEOと軍師を、一人で兼ねていた。
No.2不在は致命傷
判断にブレーキをかけるNo.2が不在だったことは、致命傷だったと思う。
そして、もう一つ見落としてはならないことがある。
それは、村重には外の味方がいなかったのか。
いや、いた。
だが、その味方の正体を見誤っていた。
高山右近も、中川清秀も、村重の部下ではない。
自らの家と組織の存続を第一に考える、いわば別組織の経営者である。
アライアンスを組んでいた毛利氏も、石山本願寺も同じだ。
彼らは、本当に苦しいときに寄り添ってくれるセーフティネットではなかった。
事実、右近も清秀も、織田方へと離れていった。
落城(倒産)
村重の落城。
今でいう倒産は、社内No.2の不在と、アライアンス依存の限界が、同時に露呈した結果だったのではないか。
これは、現代の中小企業にそのまま重なる。
社内に右腕がいない社長は、外部のつながりを頼る。
取引先、金融機関、業界の仲間。
だが、それらは平時には味方でも、会社が本当に傾いたとき、寄り添ってくれるとは限らない。
アライアンスは、セーフティネットではないのだ。
カリスマ経営の限界
カリスマには、限界がある。
私はそう思う。
さて、御社には、心底信用できる右腕・知恵袋的な存在がいるだろうか。
社内にいなければ、外部からでも構わない。
私が言いたいのは、一人で考えることの危うさである。
どれほど優れた経営者でも、行動経済学が実証してきたように、固定観念によって判断を誤ることがある。
最終的に同じ結論にたどり着くとしても、ブレーンの意見を頭に入れたうえで意思決定することは、自分自身を納得させるうえでも重要なのだ。
とはいえ、他人の意見を聞きすぎるのもいけない。
難しいのはここだ。
サンクコストに引きずられた意思決定は、往々にして良い結果に結びつかない。
また、大きな判断をするときは視点を広げ、将来の姿まで見据えて決める必要がある。
人と金を動かす最終決定者CEOの難しさであり、同時に醍醐味でもある。
新説に立って村重を見直すと、彼の優しさと強さが、より鮮明に浮かび上がる。
時代は違えど、経営判断の難しさは、旧説よりも新説のほうが、ずっと生々しく伝わってくるように思う。
映画館を出て、そんなことを妻に話したら、笑われた。
「また経営の話」と。
だが、四百年以上前の武将の判断に、今の自分を重ねてしまうのだから、仕方がない。笑!
著者:埴岡雅則
IT導入診断士 / DX学校神戸校講師
35年の経営経験をもとに、中小企業経営者へ生成AI活用と身の丈ニッチ戦略を伝えます。
